岡田有希子さんに会いたくて四谷四丁目交差点へ…

もうすぐ岡田有希子さんの三十三回忌(2018年4月8日(日))ですが、私は4月5日、岡田有希子さんに会いたくなって、四谷四丁目交差点大木戸ビル前(東京都新宿区四谷4-28)に行きました。

三十三回忌当日は、たくさんのファンの方が駆け付け、岡田有希子さんのことを偲ぶと思いますが、私は岡田有希子さんの事が好きですが、三十三回忌に、この場所に集まるファンの方ほど、岡田有希子さんの事を知らないので、4月8日に訪れるのはおこがましく思い、あえて日をずらして、ひっそりと会いに行きました。

私は、岡田有希子さんに対して個人的な思いから、今まで一度もこの場所に来ようとは思いませんでしたが、三十三回忌で最後の法要となるようなことを聞いて、行くことにしました。

今回は、特に何かのレビュー等ではなく、個人的な岡田有希子さんへの思いを書きます。

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岡田有希子さんに対する私の思い

当時の思い

現在、岡田有希子さんのファンである方は、当時から好きで現在まで思いを寄せている、ファンクラブに入って熱烈に応援していた、後追いで好きになりコアなファンになった等々、様々だと思います。

私は、当時、河合奈保子さんが好きで、河合奈保子さんをずっと追っていました。

ただ、河合奈保子さんに限らず、アイドルが二十歳を超える辺りから大人っぽい雰囲気になり始めるのが嫌で、ずっと可愛いらしいアイドルを見ていたいという思いから、河合奈保子さんほどではないにしろ、他のアイドルソングも良く聴いていました。

そんな中で、久しぶりにビビッと来たアイドルが岡田有希子さんでした。

岡田有希子さんを初めてテレビで見た時、河合奈保子さんに出会った時と同じような熱い気持ちになりました。

見た目が河合奈保子さんに似ているという訳ではありませんでしたが、何というか、河合奈保子さんに感じた優しくも暖かい太陽のような雰囲気を感じ取りました。

それと、当時、私がクラスで好きだった女の子の雰囲気に似ていたというのもあります。

岡田有希子さんがデビューした頃、レコードがCDに移行する時期で、この年辺りから、それまで高額だったCDプレイヤーの普及機が出始めました。

このタイミングで、私はCDプレイヤーを購入しましたが、その時は、まだCDソフトは少なくて、自分の聴きたいCDが見つからないような状況でした。

そんな中、秋葉原の石丸電気のCDショップに行ったところ、岡田有希子さんの1stアルバム「シンデレラ」を見つけました。

迷わずこれを購入しました。

この「シンデレラ」は、私が初めて購入したCDとなりました。

岡田有希子さんの曲の中では、「二人だけのセレモニー」が特に好きで、このレコードも頻繁に聴いていました。

こういったこともあり、これから岡田有希子さんを応援していこう!と思いました。

河合奈保子さんを好きになった時は小学生で、ライブに行くということ事自体、どうすればよいの分からず、一度もライブに行ったことがなかったのですが、高校生になったので、岡田有希子さんのライブにも行ってみようと思いました。

岡田有希子さんが出演するザ・ベストテンや、ザ・トップテンを録画して繰り返し見たり、自分の押している岡田有希子さんが、色々な賞を受賞するシーンを見て、誇らしげに思ったりもしていました。

ただ、デビューしてから、まだ2年も経っていないのに、メイクが異様に濃くなったり、そんなに悲し気な曲調でない部分でも、不安げ・悲しげな表情をしたり、笑顔とも淋しげとも言えないような魂の抜けたような表情をする時があったので、会社の方針で、早めに大人の階段を上らせようとしてるのかな、それとも一時期だけこういった感じでやるのかな、など色々な思いを巡らせながら岡田有希子さんの事を見ていました。

当初の岡田有希子さんに感じていた太陽のような雰囲気がなくなっていく様子にとまどいを覚え始めた頃、突然、岡田有希子さんは亡くなりました。

それは、私が高校生の時の新学期の始まりの日か、春休みの部活に行く日だったか、はっきりとは覚えていませんが、そんな日に芸能ニュースで知りました。

その様子を報じたフライデーなどの週刊誌も購入しました。

亡くなった後も、しばらくの間は、「○月〇日に収録したものです」といったテロップ付きで岡田有希子さんの出演シーンがテレビで流れていました。

この時、あまりの衝撃に、私は悲しいというより、「何で?どうして?」「バカヤロー」という気持ちが先行しました。

後を追って亡くなっていく一般の方々のニュースを見る度に、「バカヤロー」という気持ちは増していきました。

これから岡田有希子さんの事を本腰を入れて押していこうと思っていたのに…

私は高校生で多感な時期であったせいか、悲しみと怒りで、この日から、あまり岡田有希子さんの曲を聴かなくなっていきました。

時は過ぎて…

それから10年ぐらい経った頃だと思いますが、ふと岡田有希子さんのベストCDをレンタルショップで見つけ、それを借りて久しぶりに聴きました。

それを聴いていると、当時抱いていた怒りや悲しみは湧かず、懐かしく、かわいい、そして自分が初めて購入したCDが岡田有希子さんのアルバムで全部いい曲だったな、とか良い思い出ばかり浮かんできました。

それ以後は、岡田有希子さんの曲を聴くことに関して抵抗はなく、昔のように頻繁に聴くようになりました。

岡田有希子さんのシングルをもう一度全部ちゃんと聴きたくて、2012年には「ザ・プレミアムベスト 岡田有希子」を購入しました。

1stアルバム「シンデレラ」は、学生の時、バイト先の先輩に貸したっきり、未だに帰ってこないので、2015年にUHQCDになったのを機に買い直しました。

そんな感じで、大分後になってから、当時、私が聴き逃していた岡田有希子さんの楽曲を聴くことになりました。

ただ、岡田有希子さんに本格的にハマって、これから色々な情報やグッズなどを集めたりしようかなと思っていた矢先に亡くなり、それ以後、岡田有希子さんに関する情報を、あえて入れないようにしていたため、岡田有希子さんの事が好きだったにも関わらず、岡田有希子さんについて、あまり細かいことまでは知らないまま、時が経ってしまいました。

しかし、2年程前から、私はツイッターを始め、様々なアイドル好きな方と繋がるようになってから、自分の知らなかった岡田有希子さんの情報が入ってくるようになりました。

特に、岡田有希子さんの事が大好きなフォロワーさんたちのツイートを見ていると、その熱い思いがひしひしと伝わって来て、当時、自分が熱い思いで岡田有希子さんの事を見ていたことを思い出させてくれ、感謝に堪えません。

4月8日が近づくにつれ、岡田有希子さん熱が上がってきて、先日、下手ですが、ギターで私の大好きな「愛のコロニー」を弾いたりしていました。

四谷四丁目交差点に行ってみて

岡田有希子さんが亡くなった日から今まで、四谷四丁目交差点に行こうと思ったことはありません。

現状では、昔の嫌な思い出は忘れたというか消化し、岡田有希子さんの楽曲を日々聴いたり、ツイッターで色々な情報を知ったりして楽しい気分でいられますが、あの場所へ行くと、当時の嫌な気持ちが甦りそうで行きたくありませんでした。

しかし、今年(2018年)の三十三回忌をもって法要は終了し、ファンの方々も今後この場所に集まるのかどうかといった情報を目にして、何故だか今まで拒否していたあの場所へ行きたくなりました。

行ったら、どんな気持ちになるのか自分でも分かりませんでしたが、とにかく行ってみました。

初めて四谷四丁目交差点の大木戸ビル前に来ましたが、何の変哲もない普通の交差点。

ここには、岡田有希子さんや、ここで何かあったことを感じさせるものは一つもありませんでした。

ここで暫くぼんやりしていましたが、当時の嫌な思いは、ほとんど思い浮かばず、4月8日にはたくさんのファンの方々が来て、華やかに岡田有希子さんのパネルなどが飾られ、みんなニコニコして、明るく岡田有希子さんの事を偲ぶんだろうな…

勝手な想像ですが、そんな光景が浮かんできたり、私の好きな「そよ風はペパーミント」や「愛のコロニー」などが頭の中を駆け巡りました。

最後に

四谷四丁目交差点に初めて行ってみて、当時の嫌な思い出が思い浮かばなかったことを思うと、もう随分時間が経ったんだなと実感しました。

遠方から三十三回忌に向かわれる方もいらっしゃると思いますが、4月8日が素敵な一日になりますようお祈り申し上げます。

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