80年代のプロレスは興奮と感動の坩堝(るつぼ)だった!

昭和プロレスファンの方、今でもプロレスを見ていますか?今回は80年代プロレスについての雑記を書きたいと思います。

猪木vsモハメド・アリ、初代タイガーマスク、ジャンボ鶴田vs天龍、闘魂三銃士などなど皆さんのプロレス絶頂期はそれぞれあると思いますが、やはり一番プロレス人気が高く、輝いていた時代は80年代だったと思います。

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皆さんの好きな団体、レスラーは何ですか?

私は中学生の頃、新日本プロレスのタイガーマスクの試合をテレビで見て以来、プロレスが好きになりました。この頃のテレビ放送は、生中継でものすごく緊張感があり、見ている側も興奮したものです。毎週ブルースリーなどのアクション映画のアクション部分をテレビで見ているようでした。

特に新日本プロレスは、古館一郎アナウンサーの実況中継により、まったりとした展開の試合でも退屈せず、試合が佳境に入った時は、私には思いつかないような語録がたくさんスピーディーに飛び出し、さらに緊張感や興奮度が増しました。古館アナは面白い技の名前を連発するので、よく学校で古館アナの実況のまねをしながらプロレスごっこをして、時々学校の備品を壊してしまって先生に怒られたのもいい思い出です。

私が好きなプロレス団体は新日本プロレスとUWFでした。当時、ジャッキーチェンやジャパンアクションクラブなどが演じるスピーディーな動きが好きだったのと、緊張感のあるヤルかヤラレるかという殺伐とした雰囲気が好きだったからです。あと、新日本プロレスはハプニングが時々あり、「これからどんな展開になるんだ?」とワクワクさせてくれるところも好きでした。

私の印象に残っているシーン

これから今まで私が見てきたプロレスの印象に残っているシーンを書いていきたいと思います。皆さんと共感できるシーンがあればよいのですが、、、。

第1回IWGP

猪木とホーガンの試合です。私がプロレスを見始めてから猪木が負ける試合は見たことがなかったということと、舌を出して失神して病院に運ばれたのが衝撃でした。プロレス的演出なのかなとも思いましたが、翌日の新聞にも猪木が病院送りになった記事が書かれていたので、本当だったんだ!とびっくりしました。

初代タイガーマスクの試合

初代タイガーマスクについては、誰と対戦したかということより、美しく超人的な身体能力に強いインパクトを覚えました。ジャーマンスープレックスの時のつま先まで伸びた美しいブリッジ、トップロープからダイブする時の指先までピンと伸びた飛行姿勢の美しさ、ローリングソバットの切れなど、挙げたらキリがありません。

小林邦明のマスク剥がしも私の興奮を煽る一因でした。

ザ・タイガーと改名し、コスチュームが赤いパンタロンになった辺りから、あまり空中殺法を出さなくなり、しばらくして新日本プロレスを退団してしまった時は、非常に残念でした。

ザ・コブラのデビュー戦

タイガーマスク退団により、面白みがなくなったと思っていた私に新たな興奮の火種を巻いてくれたのが、ザ・コブラの存在でした。デビュー戦をテレビで見ていましたが、大人数のマスクマンの担ぐ神輿に乗っての登場シーンは、謎のマスクマンの未知なる強さを期待させるものでした。ただ、このテレビ中継では、しょっぱい試合だったのかダイジェストみたいな放送でした。

確かにタイガーマスクと比べると落ちる部分はありますが、私はザ・コブラが好きでした。長身でフワッとした動きから滑らかに技を繰り出す感じが好きでした。

ザ・コブラは、いつの間にかいなくなってしまったという感じでした。

マシーン軍団登場

メガホンとムチを持って登場する若松マネージャー率いる謎のマスクマン軍団。当時はそれだけで面白かったです。ただ試合を次々にやって終わりという流れに、こういった展開を挟むことによって意外性や今後の新たなマッチメークに感情移入できるための重要な演出だったと思います。

こういった演出は嫌いな方も多くいらっしゃると思いますが、私はウルトラマンや仮面ライダー的な飽きさせないためのストーリーのスパイスのような気がして嫌いではありませんでした。

前田日明対藤波辰巳

旧UWFが崩壊し、その選手たちが新日本プロレスに帰ってきた頃の試合です。この時は学校でよく「前田が猪木と戦ったら前田の方が強いでしょ!」とみんなで言っていました。

しかし、なかなか前田と猪木のシングルの試合は組まれず、イライラしていました。私は、猪木は第1回IWGPでホーガンに負けてから、強さのピークは終わったと思っており、あのつま先が相手の首筋にチョンと当たるだけの延髄切りで、何で相手は立ち上がれないのか?と疑問に思い、前田との試合は、自分が負けたくないから意図的に避けていると思っていました。

そして実現したのが前田と藤波の一騎打ちでした。この試合は私にとって、仮想前田対猪木でした。藤波は前田の攻撃を正面から受け止め、きっちりと勝負をつけようという姿勢がすごく好きでした。結局は前田の蹴りを数限りなく浴びて、藤波は血だるまになってしまいましたが、この試合を機に藤波のことが好きになりました。それまでは、返し技で勝つ姑息なレスラーだと思って好きではありませんでした。

Mr.パートナー登場

タッグマッチの試合なのに、マサ斉藤がタッグパートナーを連れず、一人で入場してきて、リング上で「俺のパートナーを紹介する。出てこい!」みたいなことを言って入場してきたのがMr.ハートナーでした。後の海賊男です。その後の展開は尻すぼみな感じでしたが、こういう演出は何が起こるのかドキドキして好きでした。

ビッグバンベイダー登場

ベイダーが登場するまでの煽りと当日の雰囲気が異様で最高でした。猪木を倒すためにたけし軍団がバックアップし、マサ斉藤がアメリカから連れてきた最強のレスラーということで、週刊プロレス、週刊ゴング、東京スポーツなどの煽り記事がたくさん載っていて、否が応にも期待感が高まりました。たけし軍団のダンカンが、猪木と一騎打ちを新日本プロレスに対して嘆願している写真が良く載っていました。試合前日か当日の東スポの一面は、ベイダーのシルエットの写真が載っていました。

結局ベイダーの試合は、マサ斉藤とのタッグで藤波・木村組との戦いということでしたが、試合当日、ものすごく興奮してテレビ中継を見ていました。いよいよ試合開始時刻、ハードロックバンドRAINBOWのEYES OF THE WORLDの怪しい入場曲とおびただしいスモークの中から現れたのは、エイリアンのような甲冑を被った体格の良いレスラーでした。

マサ斉藤とたけし軍団のダンカンが、タッグマッチから猪木とベイダーの一騎打ちに変更するよう長時間マイクで叫んで、会場が騒然となっていました。

そして猪木が勢いで「やってやる!」と言ってしまったから、もう大変!猪木と一騎打ちする予定だった長州がベイダーの代わりにタッグパートナーとなり、試合が始まってからはリング状に空き缶などのごみがたくさんリングに投げ込まれ、観客の盛大なやめろコール!

私は、ベイダーと猪木の試合も見たいけど、長州はなにも悪くないのにこんなブーイングの嵐の中で試合をする長州はかわいそうと思ってテレビを見ていました。長州の表情も悲しげでグッと来てしまいました。

その後、長州対猪木、ベイダー対猪木と猪木は2試合が行われましたが、どちら中途半端な内容で、怒った観客が暴動を起こし、新日本プロレスはしばらく両国国技館の試合ができなくなりました。

飛龍革命

長州のような反逆のイメージが全くない藤波でしたが、いつまでもトップに立つ猪木体制に反旗を振りかざしたのが、この飛龍革命でした。何が印象に残ったのかというと、藤波が猪木の控室に行って、革命を起こしますみたいなこと言いながら前髪をちょびちょび切るシーンが、藤波さんには申し訳ないのですが、正直面白かったので強く印象に残っています。

新日本プロレスのイリミネーションマッチ

新日本プロレスは良くイリミネーションマッチという5対5みたいな試合をしていました。色んなレスラーとのカラミをはっきりとは白黒つけずに観客に見せるための手段だったと思いますが、見ている側としては、こんなに消化不良の試合はありませんでした。見たいレスラーの対戦はほんの少しで、大体リングアウトみたいな形で消えて行き、最後に残るのは正直どうでもよい対戦みたいな感じでした。

すごく見ていて消化不良でイライラしたという意味で印象に残っています。

新日本プロレス対全日本プロレス

1990年のことです。当時新日と全日は絶対に対抗戦はやらないと諦めていたので、びっくりしました。東京ドームで新日がNWAとの合同で試合をやる予定だったのが、急遽白紙になり、実現したものでした。

タッグマッチとはいえ、天龍と長州の試合や、ベイダーとハンセンの一騎打ちなど興奮度マックスでした。

新プロレス団体SWS旗揚げ

スポンサーが業界大手のメガネスーパーということで、大々的に宣伝され、各団体から多くのレスラーがこの団体に移りました。

やはり天龍が全日をやめてこの団体に入ったということが一番衝撃でした。天龍はジャンボ鶴田とともに全日本を背負って立つ全日本の顔と思っていただけにインパクトは強かったです。

新生UWFとU-COSMOS

新日本での前田の長州顔面蹴りで新日本を去ることになった前田が旧UWFのメンバーを引き連れ旗揚げしたのが、新生UWFでした。

当時、私は前田の長州への顔面蹴りについて、試合中の出来事なのに何で卑劣な行為として前田を新日本が処分したのか解せませんでした。そんなこと言ったら猪木なんかとっくに解雇だろと思っていました。しかし、これが前田にとっていい転機になってくれたので良かったと思いました。

新生UWFは時代のトレンドを取り込み、ライティングや宣伝などとても目新しく、プロレスファンでない人をも取り込む力がありました。ファイトスタイルも攻撃的で刺激があり、新日のリングアウトのような煮え切らない結末もなかったので、私は一気にUWFのファンになりました。

もちろん、東京ドームで開催されたU-COSMOSは見に行きました。鈴木みのるが必死に戦ったにもかかわらず負けてしまったシーンが強く印象に残っています。

武藤敬司登場

武藤の試合を始めてテレビで見たのは青いスパッツを履き、ヨーロッパのファイナルカウントダウンの入場曲で登場した頃でした。古館アナがシュガーベイブだの色々言っていましたが、彼の切れのある華麗な身のこなしを見た時に、初代タイガーマスクを思い出しました。武藤が新しいマスクマンとしてデビューしていたら、面白かったな~と思っていました。

長州対猪木

長州が初めて猪木にフォール勝ちした試合です。猪木が長州を攻めに攻めて、猪木が一瞬勝ったと勘違いし、レフリーに詰め寄った際、その間に立ち上がった長州が猪木の背後からラリアットを放ち、猪木からフォール勝ちを奪いました。私は、猪木が日本人に負ける試合を見たことがなかったので、強く印象に残りました。

佐山対ライガー

初代タイガーマスクこと佐山聡はプロレスを否定し、シューティングという競技を立ち上げたため、私はもう二度とプロレスには交わらないだろうと諦めていました。しかし、私は初代タイガーマスクからプロレス好きになったので、ずっとタイガーマスクの復帰を望んでいました。なので、佐山がエキジビションとはいえ、新日のリングで試合をするということに興奮しました。

リングス旗揚げ

新生UWF解散後、前田はどうなってしまうのだろうといつも気にかけていましたが、リングスという新団体を旗揚げすると聞き、後楽園ホールで開催されたリングス旗揚げ前のトークイベントに参加しました。

高田、山崎等がいないのは残念でしたが、前田の試合がまた見れるということで興奮しました。

新日本プロレス対UWFインターナショナル

高田率いるUWFインターナショナルが新日と対抗戦をやるということでものすごく興奮しました。当時、私はプロレスの中ではUWF系が無駄な動きやアピールなどがない分、最強だと思っていたので、その強さを見せつけて欲しいと思っていました。

結果はUWFインターの大将である高田が、新日本の武藤敬司にギブアップ負けをしてしまいました。私は東京ドームでこの試合を見ましたが、高田はなんであんなに腕ひしぎばっかりやってるんだろう、こんな単調な攻めでなく、いろんな関節技とか使えばいいのにと思って見ていました。

ヒクソングレーシーに完敗

高田と舟木が100戦練磨の柔術の使い手ヒクソングレーシーに敗れました。当時、私はなんだかんだ言ってもプロレスが最強と信じていたので、これはショックでした。

この辺りからだんだんプロレスを見なくなり、私の興味はK1などの格闘技にシフトしていきました。

最後に

私が思いついた印象に残った出来事はこんな感じでした。思い起こせばもっといろいろ出てくると思いますが、今回はこの辺りでやめておきます。

大人になってから、ミスター高橋のプロレスの裏話等の本も読みました。私はプロレスの運営形態の実態等は、今ではどうでも良いと思っています。今後のプロレスに臨むことは、昭和のプロレスを知っている世代をもう一度興奮させることのできる、私たちの想像もつかないぶっ飛んだ企画です。

プロレスには格闘技にはない素晴らしい要素があると思います。また新しい形で80年代の頃のような盛り上がりを見せてくれたらうれしい限りです。

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