THE ALFEEから、色々な音楽を教わりました!

80年代はバンド真っ盛りでしたね。私は幼い頃から色々な音楽を聞いていて、ギターも弾いていたので、THE ALFEEは私のツボでした。

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私がアル中(アルフィー中毒のことです)になった訳

オフコース好きの私がTHE ALFEEのファンになった訳

私は、THE ALFEEに出会うまではオフコースが大好きでした。小学生の頃、「さよなら」を聞いて衝撃を受け、もともとクラシックギターを習っていたので、フォークギターやエレキギターを買い、高校1年生までずっとオフコースのコピーバンドをやっていました。

しかし、オフコースのメインギタリストである鈴木康博さんが脱退した後、オフコースの曲はギターのインパクトが薄れ、キーボード主体の音楽になっていきました。ギターをやっていた私としては、ちょっと不満でした。

ある日、友達からいいバンドがあるよと言われて、ラジオで放送されたALFEE(この時はまだ’THE’は付いていませんでした)のライブのカセットテープを貸してもらって聞いたところ、これだ!と思いました。

  • コーラスがある
  • ギターがオフコースより激しく、かっこいい
  • バラードの曲もいい

当時、オフコースよりもう少し激しいギターを弾いてみたかったのですが、ジャパメタはピンと来なかったし、洋楽のハードロックはちょっとうるさすぎ、メロディーが気に入らない等の理由で、そっち方面には全く興味がありませんでした。なので、ALFEEは私にとって、ドンピシャでした。

ALFEEライブに初参加

その後、初めてALFEEのライブに行くことになったのですが、それはYOKOHAMA 3DAYSというライブでした。ライブ自体これがはじめてだったこともあり、感動と興奮が入交り、ライブが終わった後も、ずっとその余韻を引きずっていました。

それからというもの、毎日ALFEE漬けでした。ギターで毎日ALFEEの曲を練習し、ALFEEが出るテレビは全部録画して、ALFEEの部分だけ編集してダビングしたり、ALFEE特集のある雑誌はほとんど買いました。

CDとLPどちらを買うべきか?

もちろんレーコードも買いまくりました。当時はちょうどレコードからCDに移り変わる時で、レコードとCDが同時に発売されていました。

それまではずっとレコードを買っていたのですが、「AGES」というアルバムを買うときに非常に悩みました。ジャケットがアートなんです!こんなかっこいいアルバムをCDで買ったら、部屋に飾ってもインパクトないじゃないか!と思いました。

でも今までレコードのプチプチノイズに悩まされていた私は、クリアな音で聞きたかったため、泣く泣くCDで購入しました。

様々な音楽との出会い

ALFEEを好きになったおかげで色々な音楽に触れあうことができ、自分の音楽ライフが豊かになりました。これはいまでも感謝しています。

高見沢さんのルーツであるハードロック、桜井さんや坂崎さんのルーツである邦楽洋楽フォークソング、当時毎週土曜の夜にラジオで聞いていた「BIG HIT TOMORROW」で色々紹介され、そのCDも買いました。

桁外れのサマーイベント

ライブもたくさん行きました。TOKYO BAY AREAという10万人コンサート,LONG WAY TO FREEDOMというオールナイトコンサートといった夏のイベントは毎年参加し、近くの市民会館、武道館等の行ける範囲のライブはお小遣いの許す範囲で行きました。明治学院大学でのライブも運よく抽選が当たり、参加することができました。

TOKYO BAY AREAは圧巻でした。よくこれだけ人が集まるなと、その人の多さに興奮しました。私は、かなり後ろの席だったので、実際に演奏している音と聞こえてくる音にずれが生じていたようで、前の人とノリがワンテンポ遅れてるなと思っていました。

後でビデオを買って見たところ、前の方から少しずつで音のタイミングがずれて聞こえていたようで、みんなのこぶしが前の人から後ろで見ている人にかけて、波のようになっていたのがわかりました。このライブで、Rockdomが初披露され、絶対に忘れないように口ずさみながら帰りました。

LONG WAY TO FREEDOMももちろん圧巻でした。途中雨が降ったりと大変でしたが、自分たちだけ異空間にいるようで、全く苦になりませんでした。でも、今はもう無理だと思います。

クレイマーの赤いフライングVが欲しかった

高校の文化祭では、もちろんALFEEのコピーバンドをやりました。これをやるにあたって、母に高見沢さんと同じ衣装(ピンクの燕尾服みたいなやつ)を作りたいと言ったら、やめなさいと一蹴されました。

ギターもクレイマーの赤いフライングVが欲しかったのですが、もちろん買えませんでした。ALFEEが夜のヒットスタジオで「霧のソフィア」を初披露したとき、ピンクの変形フラインングVを使っているのを見て、これを買おうと思い、楽器屋さんに行きましたが、さすがにピンクは今後使いづらいだろうと思い、白いフェルナンデスの変形フライングVを買いました。

高見沢モデルと思って使っているのに、当時はよく、ランディーローズモデルだねと言われました。その後、安いフライングA(「サファイヤの瞳」の頃、よく使っていたギター)も買いました。

明治学院大学目指して猛勉強

大学受験も明治学院大学に行きたくて必死で勉強し、合格はしたのですが、いろいろ事情があって別の大学に行くことになりました。でも、明治学院大学への未練が捨てきれず、明治学院大学の音楽サークルの人と友達になって、時々そこに遊びに行き、ALFEEのコピーをしたりして遊んでいました。もちろん部室にはALFEEのポスターが張られていました。

ALFEE好きの私でしたが、その後だんだん情熱が覚めていくことになります。アルバムを出すごとに、ALFEEの音の作りが少しずつ変わっていきました。私は、「THE RENAISSANCE」や「FOR YOUR LOVE」といったハードロック的で硬派な音が好きだったのですが、だんだん、キーボードの細かい音が多くなって、音が軽い気がしてきたのと、なんというか愉快な曲とでもいえばいいのか分かりませんが、そういう曲が徐々に増えてきて、いまいち違うなと感じ始めました。

ライブでも3DAYSの時の演奏で見せる感じとちょっと違ってきて、曲の合間に高見沢さんがバスケットボールをしたりと、自分のかっこいいと思う感覚から大きくずれてきてしまいました。

ALFEEを聞く比重が下がってから、私はイングヴェイマルムスティーンというギタリストの美しい旋律に魅了され、ハードロックへ傾倒していきました。

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