80年代 プロレス 私が好きだった格闘王 前田日明 PART 2

前回は、UWFが新日本プロレスに戻った後、中々猪木vs前田が実現しないというところまで書きました。

今回は、誰もが仮想猪木vs前田として見ていたと思われる、藤波vs前田の辺りから書いてみようと思います。

ちなみに、プロレスラーの入場テーマ曲で私が一番好きなのは、前田日明の入場テーマ曲「キャプチュード」です。

もちろん、このシングルレコードを買いました。プロレスのレコードって、時々会場で使われているものとアレンジが違うものや、中には全く違う曲が収録されていて、ハァ~となる時が多々ありましたが、この「キャプチュード」は会場で流れているものと同じで安心しました>^_^<

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新日本プロレス~新生UWF崩壊までの前田の印象

激闘!藤波vs前田

この試合が決まった時、藤波は他のレスラーと違って、前田と真っ向から勝負して雌雄を決してくれるだろうと期待していました。

その試合は、期待通りのものでした。藤波は前田のキックを真っ向から受け、自分も勝負を仕掛けれていきました。

前田のキックを限りなく浴びた藤波は、全身真っ赤になりながら、ダウンしても立ち上がり、その闘志は落ちることはありませんでした。

最後は、前田のニールキックで額を切り、大流血した藤波と前田が空中でキックをしあって、両者はマットに叩きつけられ、両者ノックダウンという今一つ納得のいかない結果でしたが、前田の強さと藤波の勇猛果敢さに感動しました。

新日本プロレスでの立場が微妙になってきた前田

その後の試合で前田の強さが光ったのは、ドン・中矢・ニールセンとのシングルマッチや高田とのタッグで、ストロングマシン、越中がらみの試合ぐらいでした。

その他、前田は、色々な選手と試合をしますが、特に外人選手との試合は、やはり今一つ試合が噛み合わず、反則負け等の消化不良の試合が多かった気がします。

中々猪木とのシングルマッチが実現しないうちに、長州が全日本プロレスから新日本プロレスに戻ってきました。

それを期に、注目が前田から長州に移っていき、猪木vs前田というより、猪木vs長州という感じになってきてしまいました。

一番めんどくさい展開になったなと思ったのは、ある試合をきっかけに、前田・藤波・長州らのNEWリーダーvs猪木・坂口・マサ斎藤らのNOWリーダーという図式が出来上がってしまい、これはもう当面タッグマッチばかりで、シングルはないだろうなと思いました。

あと、この図式により、私が見たいと思っていた長州vs前田のシングルマッチも実現しないだろうなと思いました。

その後、前田と長州が敵味方に別れてタッグで試合をした時、長州が前田のタッグパートナーにサソリ固めを決めている時、前田がカット行為として長州のは以後から忍び寄り、長州の顔面をキックしたところ、この事が原因で、前田は新日本プロレスから無期出場停止処分を受けました。

この件については、週刊プロレスや週刊ゴング等で知りましたが、長州は顔面を骨折し、信じられないぐらい顔面が腫れ上がっており、新日本プロレスは、前田のこのキックを選手としてあるまじき行為と言っているみたいな事が書いてありました。

プロレスにおいて、今回の件は何故いけないのか、みんなやってるじゃないか、猪木がやってたら何も言われないんだろう!!などと、私は前田の処分に納得がいかず、新日本プロレスって嫌な団体だなと思いました。

新生UWFにおける前田日明の印象

しばらくの沈黙期間を経て、前田は高田、山崎らと共にUWFを再度立ち上げました。

この新しいUWFは、プロレスにおける??の部分を極力排除した格闘技色の強いスタイルで、その宣伝の仕方も時代のトレンドを取り入れた斬新なものでした。

大会のネーミングもカッコよかったです。新日本プロレス等のシリーズは、「新春黄金シリーズ」等のネーミングでしたが、UWFは「FIGHTING NETWORK」等の横文字で、おしゃれ~と思っていました。

こういった斬新さにより、UWFは多くのメディアに取り上げられ、UWFは社会現象にもなりました。

時々テレビで放送されるUWFの番組は必ず見ていました。番組の解説には片岡鶴太郎さんなど、多くの著名人が出演されていました。

この頃の前田が一番輝いていたように思います。高田、山崎らといった日本同士の戦いや、ジェラルド・ゴルドー、クリス・ドールマン・ウィリー・ウィルヘルムらとの異種格闘技戦など、試合内容も素晴らしいものばかりでした。

特にジェラルド・ゴルドーとの戦いは、緊迫感がありました。ゴルドーは見るからにかなりヤバそうな選手で、グローブこそ付けていましたが、ほとんど喧嘩ファイトで、前田も苦しみましたが、最後は裏アキレス腱固めで仕留め、私も歓喜しました!(^^)!

私は2回だけですがUWFの試合を見に行きました。初めて見に行ったのは、U-COSMOSと題された東京ドームでの試合でした。U-COSMOSっていうタイトルもかっこいいですよね!

私は生でUWFの試合を見たことがなかったので、UWFのメインテーマや前田日明の入場テーマ「キャプチュード」が会場に鳴り響いた時、まるでハードロックのライブを見に来たかのような感覚に陥り、とても興奮しました。

U-COSMOSは全試合、見どころ満載でした。中野VS宮戸のバチバチの戦いや、その他全ての異種格闘技戦、いったいどんな試合になるのか全く予想がつかないところに興奮しました。

東京ドームの試合で私の一番印象に残ったのは、実は前田の試合ではなく、鈴木みのるとモーリス・スミスの試合でした。白いコスチュームで若武者のごとく試合に望んだ鈴木は試合に負けてしまいましたが、モーリス・スミスのパンチを受け、10カウント以内に泣きながら必死に立ち上がろうとする姿に感情移入してしまいました。

次に見に行った試合は、武道館での高田vs前田の試合でした。この日は雪が降っており、とても寒い日でした。

この日は初めて高田が逆エビで前田からギブアップ勝ちを納め、会場は真夏のような熱気と歓声で溢れ返っており、自分も興奮しっぱなしで、会場を後にしました。

順風満帆に見えたUWFでしたが、設立後わずか2年程度では分裂する事になりました。これは、週刊プロレスや週刊ゴングの記事で知りました。その前兆となる話も全くなかったので、急に分裂したという感覚でした。船木という新しいスターも育ちつつあり、新生UWFの新しい幕開けを感じていた矢先だったのでビックリしました。

まとめ

私は、前田が新生UWFを立ち上げる頃に発売された、前田日明の書いた「パワー・オブ・リーム」という本を読みました。

ウルトラマンがゼットンに負けたのを見て、自分が強くなってゼットンを倒すという動機から格闘技を始めようと思った事、親の離婚によりぐれてしまった自分を再度格闘技の道へ誘ってくれた田中正悟との出会い、佐山サトルとの出会いによる新日本プロレスへの入門、旧UWF移籍の話、UWF崩壊後にジャイアント馬場からも誘われた話、新日本プロレスにおけるアンドレ・ザ・ジャイアントやドン・中矢・ニーセン、長州顔面蹴りの試合の話、新生UWF旗揚げの経緯など、知りたいことがたくさん書いてありました。

全てが彼自身のの言葉で書いてあるので、とても興味深い内容です。まだ読んでいない方は是非読んでみてください。

さて、次回はUWF崩壊後からリングス旗揚げ、前田日明の引退までの話を書いてみたいと思います。

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